そのねこが学ぶとき

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2015年の行動規範

世間には目標何十個立てるみたいなライフハックもあるみたいだけど、自分としては少し抽象度の高いベクトルを数個厳選しておく方が先の見通しが立ちやすいので、ここに書いておく。ちなみに去年は目標50個ぐらい書き出したりしたのだが、単なるタスクリストっぽくなってあんまり意味がなかったし、あとで見返したときやること多すぎてウンザリしたので今年はやめた。

就職したい

日本において「就職」と言われているのは実際には「就社」だという話がある。職業に就いたのではなく、単に会社に入ったというだけではないかという話だ。エンジニアに置き換えて考えると、所属している会社の社内ルールだとか慣例の中で上手くやれるように振る舞ってしまって、一般的なエンジニアとしてのスキルが身に付かないみたいなことはよく聞かれる。自分も今の会社に入って今年で5年目になるわけだが、そろそろ社内のレビューを突破する方法だとか、どこに重きをおいて評価されるのかといったことが理解できてしまっているので、意識無意識に関わらず社内最適化されてきてると思う。

じゃあエンジニアが「就職」するにはどうしたらいいのかという話になるのだが、20代という年齢を考えると、汎用的に使えるスキルの確かな獲得を重点すべきだと思っている。日頃身に付けるスキルはどうしても直近のPJで必要なものに偏りがちで、自分の話をすると例えばLinuxを一切仕事で扱っていないみたいな致命的問題があるのだが、そういうのどうにかしたい。これまで仕事で身に付けたと思い込んでいるスキルに関しても、一旦棚卸しをして社外で通じるかを試したい。具体的にはLTとか社外の勉強会でやれるようになったらいいなと考えている。あるいは会社の枠を持たないエンジニアコミュニティで何らか貢献したり。転職するのかとかどの会社で働くのかという話を超えて、そういう心掛けは必要だと思う。

Less is more

ここ最近は金と時間でなんとかなるならすればいいじゃんっていう考え方をしていて、取り敢えず興味をもった分野があれば本を買ってみたり、買ったり行ったりするか迷うぐらいならGoでいいだろという判断をしていたこともあったんだけど、闇雲に広範囲に手を出すことって結局各分野に掛けるパワーは少なくなってしまって、後に残るものが少ないなと思い始めた。Less is moreって言葉があるけど、今の世の中「とりあえず手を出してみる」ってのはあまりに簡単過ぎるので、本当に必要なものを見極めて削ぎ落とす方向に今年はシフトしてみたい。

きちんと極め切れている領域が少ないので、最近だとRubyだとか仮想インフラ関連、そのへんをまずは行けるとこまで行きたい。あと注力する分野を減らすことで時間的、金銭的、精神的なバッファが多少生まれると思うのだが、そこも大切にしておきたい。これまでは迷うぐらいならGoを是としていて、ひたすらコードを書く方に意識が向きすぎてブログに残してないだとか、そういうことも多かったので、手を止めて考える時間、判断する時間を重視する。思いつきをすぐに全部手をつけていくのではなくて、ある程度寝かせてみる。そのためにはこれまで好きではなかったEvernoteとかもちょっとは役に立ちそうかなと思う。

自分にとってのLessが何であるかは常に意識したい。いろいろ捨ててったときに絶対捨てられないものは必ず出てくるので、そこだけは死守する。そして深堀りする。技術面以外だともともと自分はボカロ中心にブログを書いていたのだが、徐々に単なるミクLoverになりつつあるので、いや曲も聴こうぜっていう話だとか。美術展によく行ってるなら、一度見に行った作家について30分でいいから図書館で調べる習慣をつけるとか。自分がどの領域で生きているのかをきちんと意識しておくと、おのずとその方向に対するアンテナも伸びると思う。

怠惰に流れない

人間は基本的に怠惰なので、性格や精神面を叩き直して行動のトリガーとするより、モチベーションが低かろうと行動できるようシステム化した方がいいというのがポリシーではあるのだが、システムの起動にも結局意志が介在するので失敗する場面がよくある。GTDではやることリストを作ってそれさえ見れば次の行動が全部わかるみたいな状態を目指すけど、わかったところで「やりたくねーな」って思ったらお終いなわけで、自分の場合やることリストが単なるストレス発生装置と化しつつある。怠惰を責めても仕方ないのは確かかもしれないが、ならば怠惰であろうと自動でトリガーが入るシステムをもっとしっかり整備するべきだし、単にエクスキューズとして「怠惰」を用いてるようではさすがに生産性は生まれない。

自分は特にGTDが「怠惰」を原因として頓挫しつつあるので、身の振り方を考えなおす。そもそもにして複数のリストを作り、それらを定期的に見直して更新かけるというGTDメソッド自体、怠惰向きなものではないと思う。あるいはリスト作成に重点を置きすぎていた自分が間違っていたのかもしれないのだが、怠惰マンにとってのGTDで重視すべきは、リストの完全性より、脳内から洗い出した事柄の整理と捨象にある。やりたいこと、やるべきことなんてのはあたりまえだけど際限なく出てくる。それを全部リスト化しておけば、はじめのうちは頭が空っぽになった感じがするし、これでもう何も忘れる心配がないってことで気が楽にもなるのだが、リストというのは往々にして消化速度より追加速度の方が速いので、単なる重荷と化してくる。リストアップした項目に対してはまずきちんと向き合う時間を作って、それが本当に必要なのかを見極めるべき。さっきのLess is moreの話にも繋がるが、怠惰を前提としたシステムとしてGTDを使うのであれば、やることの削減にこそ意識を割くべきだと思う。

あとGTDメソッドの一つとして「優先度を決めない(リストの端からとにかくやってく)」ってのもあるが、自分の場合これだとリストの中のやりたいことしかやらなくなってしまうので、先にやるべきことを優先するように変える。具体的には半径85cmが腐る(ex:洗濯物ためる、家計簿つけてない、連休だからって髭そってない)と日常全体が腐り始めることに気付いたので、そういうところから手をつけていく。QOL上げる。

出逢ったすべての人から学べる者が、この世で最も賢い

この言葉、映画『ソーシャル・ネットワーク』で見たような気がするんだけど、ググるユダヤのタルムードの教えと出てくるので、出典は定かではない。好きな言葉ではあるのだが、最近結構蔑ろにしてしまっていたなと思うので、今年は改めて意識する。一つの領域に数年携わって、それなりに「わかる」ようになってしまうと、少しでもわかっていない人とか、新しく入ってきた人を下に見るようになってしまう自分がいる。でも他の領域ではその人の方が優れてるってことはもちろんあるし、外部からやってきた人の方が目が慣れていない分、自分の領域に対して別視点からの意見をくれることもあるし、すべての他者に対してリスペクトを持つぐらいの姿勢を思い出したい。たぶん入社直後ぐらいはそうだったはずなので。あと、もっと他人と話すこと。勉強会参加して、懇親会出ずに逃げてくるクセをやめること。

知識のストック化

問題が起きたときにググって解決すること自体は悪いことではないが、どういう思考過程を経てその言葉をググり、どうしてそのエントリーを正解と判断したのかというところを残していないのはあまり賢くないなと思う。知識のストック化、思考の言語化を進めたい。

アイデンティティを追求するとき、自己の内面を探してもたぶん答えってなくって、結局人間は外部から仕入れたミームの塊なのだから、自己を構成するミームが何なのかを解きほぐさないと答えに行き当たらないというのが自分の考え方なんだけど、自分のミームはここにあるよね?って言える状態を作ることが「知識のストック化」なんだと思っている。何かしら琴線に触れたもの、調べたり考えたりしたことは全部自分を構成するミーム足りうるので、それを書き留めてあとから見直して検証できる状態にしておきたい。仕入れた情報が実は間違っていましたってことも往々にあると思うんだけど、その情報がじゃあどこで間違えたのかってのは記録がないと検証できなくなってしまう。雑多なソースをとにかく量あたって漁りまくるのではなく、蓄積して、検証して、腹に落ちたところで飲み込む。飲み込んだこと自体忘れてしまっても、どうにかしてそこに行きつけるようストックしておく。Evernoteがゴミ箱になるとかどう整理したらいいのかわからんみたいな話がよくあるけど、あれは自分が獲得したミームのストックだと考えると上手いこと飲み込めそうな気がしている。